📊 最新内閣支持率一覧(2025年11月時点)
| 調査機関・媒体 | 調査日 | 支持率 | 不支持率 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| 共同通信社 | 11/15–16 | 69.9% | 16.5% | 「政治とカネ」問題解決への意欲「感じない」64.7% |
| 朝日新聞 | 11/15–16 | 69% | 16% | 発足直後とほぼ同水準 |
| 毎日新聞 | 11/22–23 | 65% | 23% | 台湾有事発言への影響少なく、若年層支持強め |
| 読売新聞 | 11/21–23 | 72% | 17% | 経済政策評価が支持率を下支え |
| 産経新聞・FNN | 11/22–23 | 75.2% | 19.6% | 台湾有事答弁「適切」6割、若年層支持8割超 |
天星人語は、高市政権に危ういものを感じている。
そこの思いを言葉に表現してみました。
民主主義と人間の未定性
🔷はじめに
高市政権への支持率の高さは、私たち人間の在り方を映し出している。 ニーチェが「人間とは狂った動物であり、群れの家畜である」と嘆いたのは有名である。さらに彼は、人間を「まだ確定されていない存在」と呼んだ。
この「未定性」は本来、人間の可能性を示すはずだった。だが現代においては、その生成途上の性質が創造ではなく停滞へと傾き、集団の安易な選択へと変質している。民主主義はその象徴である。
🔷制度の形骸化としての民主主義
民主主義は理念として人間の自由を掲げる。 しかし現実には、多数派の平凡な意志が集まり、価値の希薄化した選択を繰り返す場となっている。そこにあるのは「自由」ではなく「安定への依存」であり、創造力ではなく惰性である。
🔷人間存在の縮減
民主主義の運動は、単なる制度の形骸化にとどまらない。 それは人間の存在そのものを小さくしてしまう。 本来、生成途上であるがゆえに創造へ向かうはずの人間が、 むしろ平凡さに安住し、大衆の一部として自らの可能性を手放しているのである。
🔷希望の問い
もし人間がこのように退化した存在であるならば、私たちはどこに希望を見出すべきなのか。 民主主義の名の下に繰り返される凡庸な選択に未来はあるのか。 ニーチェが示した「未定性」を、停滞ではなく可能性として取り戻すことこそが、唯一の希望なのではないか。
🔷結び
民主主義は人間の退化の象徴である。 しかし同時に、人間が「生成途上の存在」であることを忘れない限り、そこには再生の可能性が残されている。 大衆の安定に埋没するのではなく、未定性を創造へと転じること――それが人間と社会の唯一の希望である。